東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1396号 判決 1968年3月14日
永代信用組合
理由
一 控訴人、訴外大沼忠一、被控訴人の三者間において、被控訴人を債権者とし、大沼を債務者、控訴人を連帯保証人とする控訴人主張の内容の東京法務局所属公証人藤嶋利郎作成昭和三九年第四六〇七号債務弁済契約公正証書(以下本件公正証書という。)が作成されたことは、当事者間に争いがなく、右大沼が被控訴人から主張のように金員を借り受けたことは、原審及び当審証人大沼忠一、原審証人清水宏祐の各証言及び口頭弁論の全趣旨に徴し明らかである。
二 しかし、控訴人が被控訴人主張のように右大沼の債務につき連帯保証をなしたとの事実は、本件に顕われた全資料に徴しても、これを確認し難い。
すなわち、原審及び当審証人大沼忠一の各証言中、大沼が控訴人より同人を代理して連帯保証の意思表示をなす承認を受け、または、控訴人組合が、控訴人より右連帯保証の確約を得た趣旨の供述は、原審及び当審における控訴人の各本人尋問の結果に対比して、たやすく採用し難く、原審及び当審証人清家弘生の各証言によつては、被控訴人組合の職員たる清家が、右金員貸借に先だち、昭和三九年一〇月五日頃、大沼とともに控訴人方を訪問したことが認められるだけで右各証言中、その際、清家が、みずから、ないし大沼を介して、控訴人より連帯保証の確約(確認)を得た趣旨の供述部分は、また、右控訴人の各本人尋問の結果及び口頭弁論の全趣旨に照らして、採用し難く、原審証人清水宏祐の証言も右連帯保証のなされた事実を認めるに足る資料とはなし難い。また、なるほど、控訴人が同月八日頃大沼に対し自己の印章(実印)を貸与したことは当事者間に争いがないが、それが連帯保証関係書類の作成のため交付されたという事実は、前記大沼の各証言によつても未だ認め難く、他にこれを確認するに足る資料はない。その他右連帯保証のなされた事実を認めるに足る証拠はない。
むしろ、《証拠》に徴すれば、控訴人は数年前より数回にわたり大沼のため同人が第三者から金員を借り受けるに当つて保証人となつたことはあるが、その金額はいずれも本件貸借におけるように九〇万円(実質は五〇万円)という程度の高額のものはなく、当時さような額の借受けについて保証人となることを頼まれたとしても控訴人がたやすく引き受けるような事情にはなかつたこと、前記清家が大沼とともに控訴人方を訪問したのも専ら定期積金契約の勧誘を目的としたもので、右貸借につき控訴人が保証を約したり、関係者間で公正証書の作成を話し合つたような事実は毫もないこと、ならびに、前記印章の交付も右貸借外の他の目的のためになされたもので、大沼はこれを冒用し、ほしいままに控訴人の委任状を作成して、その印鑑証明書の交付を受け、これらにより無権限の訴外鵜沢幸三郎を控訴人の代理人とする本件公正証書が作成されたことが認められる。
三 被控訴人は、更に、控訴人は大沼に自己の印章、印鑑証明書、白紙委任状等を交付し、かつ、昭和三九年一〇月五日被控訴人に対し大沼の前記借入れ債務につき保証する旨言明したのであるから、右は他人に代理権を授与した旨表示したことに該当すると主張するけれども、さような表示がなされたものと見難いことは、前段認定の印章冒用、清家の控訴人方訪問時の事情等諸事実に照らし明らかであるといわなければならない。のみならず、債務名義となる公正証書の作成にあたつては、これにより、強制執行を受けることを認諾する合意が必要であるが、この部分は訴訟上の法律行為であつて、私法の原則として認められる表見代理の規定の準用はないと解するのが相当である(最高裁昭和三二年六月六日判決、民集一一巻一、一七七頁参照)。なお、本件についていえば、鵜沢幸三郎は、控訴人がみずから委任した者ではなく、前記のごとく、大沼が委任したのであるから、控訴人と鵜沢との関係は復代理人と認めるべきであり、大沼が復任権を有していたことについては、これを認めるべき証拠は全くない。したがつて、鵜沢は控訴人の無権代理人であつたものというほかはなく、この点からみても、被控訴人の主張はとうてい採用し難いといわざるをえない。
四 しからば、本件公正証書は、控訴人の関知しない間に、これを代理する権限のない者の嘱託に基づき、実体関係を伴わずに作成され、控訴人に対する関係では効力がないものであるから、その執行力の排除を求める控訴人の本訴請求は理由があるといわなければならない。従つて右請求は認容すべく、これと異なり、該請求を棄却した原判決は取消を免れない。